「逆にね(笑)」    副教会長

 私の友人の一人に「逆にね」という言葉をよく言う人がいる。一見「逆に」というと、否定する言葉のように思える。でも友人はそれをとても前向きに使う。

 自分や近しい人などに何か難儀なことが起こったことや、それほどまではいかなくても、ちょっとした差しさわりのあることが起こったりしたことを話した後、「でも、〜だと思えば起こってよかったかも。逆にね(笑)」と笑って言ったりする。

 彼女の場合は、私たちが「難はみかげ」という教えのもと、物事をよい方にとる稽古をしていることを軽く超え、それが習慣になっているのだ。だから、彼女の話には愚痴や不足がない。相手を嫌な気分にさせないし、自分も暗くならない。私もそんな物事の捉え方のできる人間になりたいなと思った。
 四代金光様は「お礼を土台に」ということを繰り返しみ教え下さり、お礼が土台になければ、すべての物が立ち行かないということをおしめし下さった。私たちはたくさんの機会にそれに触れているにもかかわらず、何か難儀なことが起こると、お礼よりも先にそのことに目が行ってしまい、お礼を忘れたり後回しにしたりしてはいないだろうかと考える。 そこを反省し、そこをしっかりと意識し信心の稽古に励んでいきたいと思った。

 先に書いた彼女は、人の文句や愚痴を聞く仕事をしている。他人から怒鳴られたりするのが辛くて同僚が辞めていっている中、彼女は「人の汚い言葉や文句や愚痴は聞き流せばいいの。ただ聞いているだけでいいから私の仕事は楽なのよ逆にね」と言っていた。

                        

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